今まで、拉致問題には関心を持ちながらも、なんら行動に移すこともせずにいたのですが、「日本人なら、行かねば」という義務感にかられ、今年は仕事を抜け出して集会に参加しました。
冒頭から、多くの政治家の皆さんのがいらっしゃいましたが、西村真悟さんなど、何年も前から拉致問題に取り組んでこられた方の挨拶が聴けなかったのが残念でした。それに対し、鳩山さんや公明党の方など、小泉首相の訪朝以前には拉致に関心も示していなかった政治家が、のうのうと挨拶している姿には、正直なところ嫌悪感を覚えました。拉致問題を、政局や選挙などという矮小な枠の中でしかとらえられない、このような政治家達がのさばっているからこそ、拉致問題はいつまでも解決しないのだと、強く思いました。
司会の桜井さんの「被害者のご家族8人の帰国で参院選は自民党の圧勝だ、などとのたまう不逞の輩は許さない」という言葉、これが、良識ある多くの国民の思いであるということを、政治家たちは思い知るべきだと思います。
拉致被害者のご家族のお話は、直接お聴きするのは初めてでしたが、20年以上もの間、いったいどんな苦しい日々を過ごされてきたのかと思うと、涙なくしては聴けませんでした。お聴きしているうちに、ご家族のみなさんを何らかの形で応援することが、自分自身の家族を守るための戦いでもある、ということに気がつきました。そう、拉致された方々の無事な帰国も実現できぬ、そんな国に住んでいて、そんな政府を許しておいては、自分の家族を守れるわけがないのです。
今後も苦しい戦いが続くと思いますが、ご家族の皆様、心ある政治家の皆さんにおかれましては、どうぞお体にはお気をつけて、戦い続けて下さい。私も、私なりのやり方で、共に戦って行きたいと思います。
“こぎまろ”さん

遅くなってしまい5時半頃に入場しました。署名とカンパができてホッとしました。ブルーリボンを胸に付けながら急いで中に入ると、被害者ご家族の方々のスピーチの真っ最中で、多くのご家族の切迫した思いを聴くことができました。中でも、入院中の松木薫さんのお母様が毎日のように薫さんはどこにいるのかと口にされる、京都で元気にやっているよとお答えになるというお姉様の條」という訴えには本当にいてもたってもいられない気持ちになりました。私の息子は松木薫さんと同じ誕生日でして、私自身は松木さんと同じ年代、同じ時期にヨーロッパ旅行をしており、とても他人事とは思えません。
その後のデモでの皆さんの歩み・シュプレヒコールは、ご家族の肉声を聴いた直後であったこともあるせいか、本当に力強いものでした。皆さんの声が大きいので、私もお腹から大きな声を出しました。短いデモでしたが、皆自分の気持ちを込めて歩いていたように思います。何度も何度も「ふるさと」の歌声が湧き起こり、輪唱のようになりました。
1日も早く全員の拉致被害者、特定失踪者の方々がご家族の元に戻られることをお祈りしております。お祈りだけでなく、小泉首相にメールを出すとか、集会に参加するとか、工夫して時間をつくればできることはこれまで以上にやっていかなければなりませんね。
*私が入場した時に「ぜひデモにも参加してください」とお声を掛けて下さった青いジャンパーの関係者の方、私最後までデモに参加することができました。お声を掛けて下さいましてどうもありがとうございました。
松本さん
青い灯り(2004年4月30日)
北朝鮮・拉致被害に関しての集会、第6回国民大集会に参加してきた。
私の見たところ、参加者の大多数は50〜60代、または70代以上の中高年層で30〜40代、あるいは20代以下は少数派に過ぎなかった。
サラリーマン・OLの参加がほとんどなかったのは連休の谷間でかつ開始が16時30分、つまり終業時刻前であることを考えるとしょうがない。しかし、高校生・大学生の参加がごく少数であったことはイラク反戦運動や人質解放デモのことを考えると不可思議である。
なぜ同じ日本人の拉致には無関心でイラク反戦には関心が持てるのだろうか。もし、高校生や大学生がイラク反戦はカジュアルなものとして受け入れ、北朝鮮拉致はそうではないと区別しているのであればどこかが間違っているし恥ずべき事と考えるのは私だけだろうか。
恥ずべき事と言えば会場の参加者にも当てはまる。登壇した議員に野次、あるいは罵声を浴びせる参加者がいて、なかんずくそのうちの1人は鳩山由起夫議員の挨拶中に退場させる、させないで一悶着あった。
結局、退席させないことで落ち着いたようだが、この際に司会の桜井よしこ氏が「はやる気持ちは分かりますが、どうか心を一つにするために」と注意を促したことは特筆に値する。だがしばらくするとまた野次が飛びだし最後まで絶えなかったのはもっと特筆に値する。
こうした野次や罵声を聞く機会は競輪場や大幅に遅延している駅・空港以外ではなかなかないことだ。
前回の国民大集会でも入場できなかった中高年の参加者が野次・怒号を飛ばしていたが、ストレス解消を目的としているとしか言い様がないほどに見苦しい。
しかし、今回私が心底から恥ずかしいと思ったのはデモ行進/請願行進である。
なぜ、デモ行進ではなく、デモ行進/請願行進と2つになるかを説明しよう。
日比谷公園から財務省上交差点までは青い蛍光ペンライト、プラカード、それに国旗を振り、「拉致被害者を返せ」などとスローガンを叫びながら「デモ行進」をする。
そして財務省上交差点から首相官邸・衆議院を経由して旧永田町小学校まではプラカード、蛍光ペンライト、そして国旗もしまい、スローガンも叫ばずに「請願行進」をする。
許可を下ろさなかった警察との交渉の結果、こうなったとのこと。
だが、表現の自由が認められているはずの日本で、スローガンの書かれたプラカード、や日の丸さえ振ることが許されないのはあまりにも情けない、と言うか恥ずべき事である。
17日前のイラク人質解放要求デモでは許されたプラカード(自衛隊非難のものももちろんあった)が今回はダメ、さらに北朝鮮国旗ではなく日本の国旗である日の丸さえも許されないとはこの国には表現の自由があったかどうかさえ怪しく思えてならない。
だが、そうした不当な要求に対して主催者は「ふるさと」を歌うという策で見事に切り返した。
これを演出、と言っては言葉が悪いかもしれないが、この「ふるさと」は実際に見事な演出であり戦略であった。
国歌である君が代ではなく「ふるさと」を歌う。
如何にいます父母 恙なしや友がき
雨に風につけても 思い出ずる故郷
外務省や首相官邸へ家族の思いを伝えるのにこれ以上の歌はない。被害者家族のつらい思いを考えると目頭が熱くなった。
「ふるさと」は何度も繰り返し歌われ、旧永田町小学校前にて流れ解散。胸ポケットには蛍光ペンライトが青い灯りをまだ放っていた。
この青い灯りや「ふるさと」が首相官邸に向けてではなく、帰国した被害者、家族、そして特定失踪者に向けられる日が一刻も早く来ることを念じてならない。
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ryunosuke/8953/hibi1.htm#青い灯り
ライター・石渡嶺司さんのHP
大学でGO!
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ryunosuke/8953/

撮影:勝谷誠彦
第6回国民大集会に参加しました。皆さんの話を聞きながらの感想というか、意見をいくつか言わせていただきます。
1 金正日が拉致を認めてから1年半も経っているのですから、経済制裁は、期限など設定せずに直ちに発動すべきでしょう。
2 北朝鮮最高人民会議(国会)代議員である総連幹部への再入国許可取り消しは当然ですが、金正日打倒を言わない在日朝鮮人も北朝鮮を支え、つまりは拉致=テロを支持していることになるのですから、幹部だけでなく一般の在日朝鮮人も再入国許可取り消しすべきでしょう。
3 拉致は北朝鮮自身の国家テロですから、「テロ支援国家」ではなく「テロ国家」であり、その北朝鮮を援助している中国と韓国が、「テロ支援国家」ということになる。従って、北朝鮮だけでなく、中国と韓国に対しても経済制裁を発動すべきでしょう。
4 万景峰号の入港を止めるだけでなく、スパイ防止法を作り、日本国内にいる北朝鮮スパイを逮捕することも考えなくてはならないのではないでしょうか。
国民大行進(第四挺団)の最中、、ハンドマイクを持った人が「金正日を、ぶったおせー」と言ったときには、周辺の一団から何か暖かい笑いが起こり、「スタッフのアドリブなのかねー?」という声が聞こえ、皆で「ぶったおせー」と叫んでいました。私は、「殺せー」と付け加えて叫びました。
小川さん
良くはわかりませんが、全体として大きな混乱も無く、人数的(3500人?)にも、内容的にもまずまず成功だったような気が致します。主導的に動いてくださった方ご苦労様でした。”ふるさと”を大きな声で歌い続けて喉がいがらっぽい方、お疲れ様です。のど飴をお勧めします。
できればマスコミにもう少し取り上げてもらいたかったのですが、昨年の集会に比べると、今年はイラク問題が存在する事と、情報として新しい部分がやや少なかったのも一因かと愚考します。(例えば昨年は、被害者5人のご参加が、何と言ってもニュースバリューを増していた?)
ところで私は韓国人の方のお世話を主にさせていただきました。
北朝鮮問題は実は、韓国という国とどう付き合っていくかを考えなければ、本当の処は解決しないのでは無いか(つまり韓国問題である)、と以前から考えておりましたが、先日の韓国の選挙で、それがより鮮明になってきた、という気がいたします。たった一人の独裁者に起因するものではない、朝鮮半島の社会的・歴史的背景(500年か1000年くらい?)が大きな原因かと。
この掲示板を御覧になる方は、日本人拉致被害者や特定失踪者の事をこれからも忘れずに(少しでも)支援される方がほとんどかと想像しております。頭の片隅に、日本人被害者の20年前の様な状態の、孤立無縁の韓国人被害者の事も留めておいて下さい。
これは同情心からでは(もちろん贖罪意識などというものからでも)ありません。
mooneさん
昨日は、午後4時に日比谷公園近くで待ち合わせ。一行8人で野外音楽堂に入場。ほぼ席は埋まっており、8人まとまっては座れないかと思って見渡すと、ぽっかり2列空いている席があり、そこに一同着席。落ち着いて見ると、前の4列ばかりが見るからに「右翼」(笑。ああ、これで空いていたのか・・。ほどなく大集会の開始。司会は、おなじみ桜井よし子さん。ちなみに第1回国民大集会の司会は、ザ・ワイドなどでコメンテーターをしている南
美希子さん。この人、第1回の司会をしたわりには、時々首を傾げるコメントをしますね。まぁ、それはともかく、集会は横田滋家族会代表の挨拶から、各党代表の政治家の挨拶に。民主党からは鳩山由紀夫氏。挨拶の内容は昨年末の九段での集会時とほとんど変わらず。自民党は安倍幹事長の代行として中山成彬氏(中山参与の夫)、公明党から漆原良夫氏。それぞれの発言に間違いはないが、要はそれを実行しようとしているのかどうか。今になってなお「北朝鮮が誠意をみせなければ」などと言っているのがなんとももどかしい。
この政治家の発言最中に会場の何人かから野次が飛ぶようになる。タイミングのいい、気の利いた野次ならともかく、昨日のは妨害にしかならない野次であった。会場前方では女性が大声で野次り倒していたため、会場整理にあたる救う会関係者が必死になだめる。果ては西岡力救う会副会長までおっとり刀で駆けつけるも納まらず。この女性、常連さん、野次のね。ここで、桜井よし子さんが、「ここにいる全ての人が一本になって力を合わせなくてはならない」と凛とした声で野次をやめるよう発言。さすがに、これで会場前方の女性はおとなしくなる。ところが、会場後方。そう、私たちの席の真ん前に座っていた男性が、この桜井よし子さんの発言に対してまで野次る。この男性、集会が始まってしばらくしてやってきたが、「右翼」の方々の間になんのためらいもなく着席。すぐに野次り始めた。ただただ五月蠅いだけ。「そこのパンチパーマの兄ちゃん、ちと怒鳴りつけてやらんかい!」と心の中でけしかけるも、「右翼」の諸君もただ迷惑そうな顔をするだけ。なんや、へたれやのう。桜井よし子さんの「野次をやめるように」というありがたい諭しに対しても、「そんなお通夜みたいなもんで解決するんか」。この時、「五月蠅い!お前の野次を聞きに来たんじゃない!」と大きな声が。鼓膜破れるかと思いました。なんと私の隣の人、ああ、この人私の連れですやん。さるさる日記で「殿下さま、沸騰の日々」を書いている殿下さまでした。野次将軍がなんとか言い返すも、今度は殿下さまのお隣の方が、「黙れ!」と一喝。勝谷誠彦さん・・・。この2人の罵倒、もとい叱責に、野次将軍、「勝手にやってろ」と言い捨てて退場。その後を救う会関係者が走る。「右翼」の諸君もほっとひと安心。
しかし、この「右翼」の諸君、話しを聞いていない。携帯電話を使ったり、タバコをすったり、名刺交換したり。ハンドマイクを持っていた所を見ると、デモの先頭に立ったのかもしれないが、ご家族の話くらい、もうちっと真剣に聞かんかい!
ご家族の挨拶では、横田早紀江さんの発言が、従来より一歩踏み込んだように思えた。
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今日は連休の初日の中、このようにたくさんの皆様方がこうして会場に駆けつけてくださいまして、本当にありがとうございます。集会は6回目を迎えました。世界はテロとの闘いを実行している中で日本だけが拉致という国家テロに対して何ら解決を見いだせない足踏み状態が続いています。日本政府にお尋ねします。そして小泉首相にお尋ねいたします。あなたは拉致された私たち家族、兄弟である日本人を愛していらっしゃるのか。それとも独裁者である、国家テロの首謀者である金正日を気遣っていらっしゃるのか。どちらでしょうか。一日も早く、私たちの家族を救ってください。日本国民、私たちみんな、怒っています。絶対に譲歩いたしません。本日、ここに集まってくださっている国民の怒りの声を、小泉首相は真剣に受け止め、聞いて欲しいと思います。
拉致されたというのは海に溺れている状態です。溺れるというのは本当に苦しく、本当につらいことです。助けて欲しい、という言葉しか出ません。泳げる人は抜き手を切ってすぐに飛び込んで助ける、これが人間の姿です。抜き手を切って救出するということは一日も早く色々な法案を作り、そしてそれをすぐに発動して救出に向けるという意味です。私たちは本当に一日も早く、一日一日が子供たちがどんな眼差しをして私たち日本の国を思い、今日も星を見て、お月様を見て、あの制服を着ためぐみがどんな眼差しになっているのか、その思いで、毎日毎日、考えております。あちらにいる人たちはもっとつらい思いで、どんなにか苦しんでいるかわからないのです。どうか皆様、お力をお貸しください。
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蓮池さん、地村さん、浜本さんからは、小泉首相の再訪朝が要請された。この再訪朝に対しては意見の分かれるところだと思うが、帰国した5人を間近で見ているご家族としては一日も早く、という心情がこう言わせるのであろう。最後に挨拶にたった佐藤勝巳救う会会長は、対北朝鮮制裁法案を発動出来ないような首相ならば、訪朝したところで何の解決にもならないであろう、と発言。先ずは、日本から「圧力」をかけることが先決か。
田口八重子さんの長男である飯塚耕一郎さんが、初めて国民大集会に参加。挨拶をした。拉致被害者の「子供」による発言である。「娘を返せ」「兄弟を返せ」に、「母を返せ」が加わったのである。飯塚耕一郎さん、横田兄弟、松木信宏さん達の若い世代の発言が今後、多くなってくるのであろう。
今、参議院選に立候補するのかで注目を浴びている増元照明さんは、この件については何も語らなかった。しかし、噂では立候補するのであれば、東京選挙区から無所属で立候補するのではないかとのことだった。決定されれば、私は全力で応援するつもりである。
松木薫さんのお姉さん、斉藤文代さんの挨拶は胸を打たれた。『北朝鮮から赤の他人の骨を「遺骨」だと渡され、今年に入ってからは日本の政治家から「松木薫は処刑された」と言われた。何度、殺されればいいのか。』 松木薫さんのお母さんは現在、入院されています。老人性の痴呆症状も出ているとのことで、「薫はどこにいるんだろう」と毎回、毎回、斉藤さんに言う。「もうすぐ帰ってくるよ」 もう斉藤さんは嘘を付きたくないと思う。本当の事を言おうかと思う。でも、言えない。もう時間がない。一日も早く、母に薫を会わせたい。この斉藤さんの願いをなんとしても叶えなくてはならない。
この日、松木信宏さんは、仕事の都合で参加出来なかった。終了後、電話で何人くらい人が集まったのか気にされていた。会場は満席、デモもなかなか前に進まない、と言うとひと安心。参加したいと思っていたが、どうしても仕事の都合がつかない、休めないという方はたくさんいたことと思う。それはご家族も同じです。好き勝手に仕事を休めるわけではありません。ご家族の負担も、もう極限に達していることを忘れてはならない。
特定失踪者問題調査会の荒木代表は短いながら、強い口調でこう語った。
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この国の中には多くの北朝鮮を助けた人々が様々な処におります。是非ともそういう方々は一刻も早くその全てを話して頂きたい。そしてこれはいろんな形で脅迫などを受けている在日のかたもいると思います。しかし戦わなければ拉致被害者全員を救出することもその家族を救出することもできません。
このことは実は家族会にも救う会にも相談しないで上で一言申し上げれば帰国されている5人のかたもあえて北朝鮮と戦ってその全てを語って頂きたい。私の想いはおそらく多くの方が共有していることと思います。
我々はあのテロ国家と戦っているのです。我々のやっていることは戦争です。戦争は勝たなければいけない。それをすることが日本人の拉致被害者を救出し、韓国人の拉致被害者を救出し、北朝鮮2000万の国民を救い最後にはこの東アジアに平和をもたらすことになります。
どうぞみなさんこの問題は『外務省がけしからん』『政府が悪い』『警察がいけない』と言っているだけで、気がついたらみんな北朝鮮で死んでしまったと言うことでは許されないのです。
我々1億2500万国民の全ての責任です。我々もここにいる人も皆さんもその家族を守っていくために拉致被害者全員を救出しなければいけない。最後までどうかご協力頂きたい。よろしくお願いします。
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特定失踪者のご家族と集会後、お話をしたが、荒木代表に対する信頼は絶大である。
松原仁議員から、この日、参加した国会議員の紹介があった。昨年の第5回国民大集会で、「何しに来たんだ」と顰蹙をかった公明党の議員は今回は漆原氏を除いて、誰一人参加していませんでした。○○学会の婦人部を動員して盛大な拍手を浴びていた浜四津敏子先生も、その姿形をうかがうことは出来なかった。昨年、この参加議員を紹介したのは、平沢勝栄拉致議連事務局長。今年は、集会が始まってから、しばらくして議員席の後ろ片隅に座ったらしい。ただ、それもすぐに退席。うーん、国民大集会に参加したというアリバイ作りか、などという声もちらほら。ところで、議員紹介の際、会場に大きく手を振る議員さんがいるけど、あれ、何? そうじゃなくて、ご家族に深々と頭を下げるべきじゃないのかな。それから、小池百合子先生。おみ足がきれいなのはわかるけど、まぁ、足は組むなよ、と一応言っておこう。

集会は30分押して、終了。そのまま、大行進に移った。自民党、民主党、公明党から選挙カーがそれぞれ提供された。予定では、250人を一グループとして、20まで、合計5000人規模と考えていたようだが、実際は11グループまでのようだった。約3000人というところか。青く光るペンライト、紙のプラカード、日の丸の小旗が用意されており、参加者に配られた。しかし、これらは国会議事堂前からは、しまうように言われ、そこからは「ふるさと」の合唱のみ。これは、デモ行進ではなく、「請願行進」と呼ぶらしい。最終地点の首相官邸。「小泉首相、このふるさとが聞こえるか」 しかし、当日、小泉首相は官邸には居らず、都内の某ホテルに宿泊だったとか。むっ。
デモは最終地点で流れ解散となった。私は特定失踪者のご家族やボランティアの方々、救う会関係者、日本世論の会の方などなんだかんだで15人で、だらだら歩き一軒の店へ。そこでは、今回の集会の裏話や今後の課題、マスコミがどう扱うかなど談論風発(したかな・・・)。一つ言えるのは、全員、後ろ向きではなく、前を向いて明日からの活動を語ったことだ。この席で、「拉致の海流」の筆者、山際澄夫さんのお話を聞けたことは望外の喜びであった。
山本
拉致事件を考える掲示板
拉致問題は何も進展しないまま、昨年の東京フォーラムでの大集会から一年が経過した。今回、大集会のタイトルに「経済制裁を!」が明記された。来賓として挨拶した平沼赳夫(拉致議連会長)は一日も早く「特定船舶入港禁止法案」を成立させる決意を語った。また、漆原良夫(公明党拉致対策本部長)、中山恭子(内閣官房参与)らは、交渉に進展がなければ経済制裁を実施すべきと主張した。経済制裁に関する二つの法律が抜かずの宝刀になれば、それにこしたことはない。が、今のままでは、事態の進展は難しい。期限を決めて経済制裁の発動も視野に入れる段階に来ている。安明進氏も「経済支援は北朝鮮国民に渡らず、金正日体制を支えるだけだ」と断言した。来賓の政治家の中に、会場に掲げられたスローガンの一つ「北朝鮮最高人民会議(国会)議員である総連幹部への再入国取り消し」について言及した人がいなかったのは、少し残念である。カネ、モノだけでなく、ヒトの流れを止めることも制裁には必要なのに。拉致問題の解決をめざす3党の内部で、意見の違いがあるのは当然であるが。
「家族会」の方は、皆これまで以上に北へ厳しい態度でのぞむよう求めていた。とくに、横田早紀江さんの「小泉総理は日本国民を愛しているのですか?金正日を気遣っているのですか?国民の怒りを受け止めてほしい」という言葉には重みがあった。同様の発言が平野フミ子さんからも。また、蓮池透さんの「なぜ、総理官邸にデモをかけなければいけないのか?総理は決断を!」、市川龍子さんの「金正日政権は悪。日本は正義を示して!」という言葉から、「家族会」の方々の我慢が限度に達しているようにが感じられた。拉致被害者5人が帰国した一昨年の10月15日以降、この一年半で何も変わっていないのだから。韓国の拉致被害者家族会も自国の最高指導者に強い不信感を持っている。崔祐英会長は拉致問題に無関心なノ・ムヒョン大統領を批判した。
島田洋一(救う会副会長)はアメリカで開催された「北朝鮮 自由の日」に出席し、拉致問題を取りあげた。アメリカでは、韓国の親北派が軽蔑の目で見られているそうだ。同盟国としての信頼が揺らいでいるのだ。韓国には「日本が経済制裁を発動すると、韓国が反発する」などと言う連中がいるらしい。島田氏は「そんな韓国人と協力する気などない」とばっさり斬り捨てた。
ご家族の中には、小泉首相が再度、訪朝するよう求める意見もあった。が、「閉会の辞」で佐藤勝巳(救う会会長)は「経済制裁を発動してこそ、小泉首相は評価される」と述べた。
最後に、大集会で、汚い野次が飛んだのが残念だった。
「国民大集会」の後、「これからが本番」という感じでデモへ。蓮池透さんが述べたように、何故、首相官邸にデモをかけなくてはならないのか。そこが最も重要な問題なのだ。デモはワイワイ楽しくやるものでない。また、大集会の時に野次を飛ばすようなのと同様、デモも統制がとれるのか心配だった。参加者の幟、国旗、プラカードなどの持込みは禁止。とんでもないことを書いたプラカードなどを持ち込む連中が現れることが予想されたのだ。左翼の反戦デモに「北朝鮮に核兵器を持つ権利を」なんて怪しいスローガンを掲げるのが紛れ込むのと同じ。
大集会の会場の席ごとにまとまって移動し、梯団をつくることになった。われわれの周辺は10梯団へ。プラカード、日の丸の小旗、青いペンライトなどが配られた。
デモ行進は日比谷公園から財務省上交差点まで。その先、首相官邸まではデモ禁止なので、請願行進となった。
主催者の予想より参加者が少なかったようだが、大阪で行われるデモとは比較にならない規模だと実感した。左翼のデモは規模こそ大きいが、労組が動員をかけて集める。しかし、国民大行進は組織による動員でなく、自発的な参加者によるもの。
シュプレヒコールは「北朝鮮に 制裁をかけよ 物を売るな 船を入れるな 北朝鮮は 拉致被害者を返せ 被害者家族を返せ 全員返せ」。あっというまに、デモ行進は終わった。梯団の後列にいたからではあるが、シュプレヒコールの掛け声が少し聞き取りにくかった。
財務省上交差点でプラカードが回収され、後半の請願行進へ。「ふるさと」を歌いながら静かに練り歩いた。そして、永田町で解散。何故か、11梯団は最後までシュプレヒコールをやっていた。最後の梯団だけ、統制がなされていなかったのか?
「如何に在ます 父母 つつがなしや 友がき 雨に風に つけても 思い出ずる 故郷」。どんなシュプレヒコールよりも、政治家が耳を傾けなければならない言葉である。
AKIさん
新ニッポンからの通信:ええ加減にしろ
私は前から3列目の中央に座っていました。田口八重子さんの2番目のお兄さん夫婦のとなりで、後ろには特定失踪者 大澤孝司さんの2人のお兄さんたちもいました。
講演がはじまるやいなや、車いすのおばさんが大声で・・・
おばさんの声が五月蠅くて、講演者の話が聞こえない。気持ちはわかるが、周りが見えていない。節度ある、振る舞いをしてもらいたいものだ。
各社カメラマンたちが、大人げないことでもめていた。
政治家の皆さん、言葉通り 言ったことを実行していただきたい。
そして、家族の声 多くの国民の声を真摯に受けとめ、命を掛けて本気で「北」に「金」に立ち向かって頂きたい。
総理大臣が来て、「全ての拉致被害者とその家族を必ず取り戻す」と日本と世界に発信して欲しかった。
私は、行進中 こんな事を思っていた。
金正日は今何をし、何を考えているのだろうか?
こういう集会が日本であちこちあることを知っているのだろうか?
戦後、まともな日本人をこれ程までに怒らせた集会があっただろうか?
こうした声や行動が「北の金」に届いているのだろうか?
・・・・
「拉致被害者をかえせー!!」の声が 天まで届け!
「すべての拉致被害者をもどせー!!」の声が 北朝鮮へ届け!
「すべての拉致被害者とその家族をかえせー!!」の声が 金まで届け!!!
緑風香さん(特定失踪者ご家族)
私が初めて参加したのが、去年の国際フォーラムの国民大集会。1年経って、どれだけの人が集まるのか不安な気持ちで日比谷に向かいました。到着した時は、まだ行列も短かったのですが、集会が始まる頃には徐々に空席も埋まり、最終的には満席+立ち見の聴衆。ご家族の訴えを、胸の詰まる思いで聞いていました。
国民大行進では、隊列を組み、ペンライトと国旗、プラカードが配られました。私の隊列は並んで出発待ちでしたが、後ろの隊列は、シュプレヒコールの練習を始め、それを聞くと、私達も早く出発して、「拉致被害者を返せ〜」と叫びたくてうずうずしていました。
やっと出発し、マイクの先導者に合わせて、「返せ〜」のシュプレヒコール。もう待ちすぎているくらい待っているご家族の元に、1日も早く拉致された人達が元気に帰ってくることを願いながら、私も大声で叫んでいました。
来年は、こんな集会や行進をしなくてもいいように、日比谷でのこの声が届いて、政府もやっと動いたんだと思えるように、これが最後の集会・行進でありますように。
nonoさん
昨年5月7日の『国民大集会』の後で、わたしは日記にこう書いた。『政府よ。この国民の怒りの声を聞け。この国民の怒りを必ず金正日に届けよ』と。そして一年後の今日4月30日、ふたたび国民大集会の日を迎えた。
金正日が拉致を認め謝罪してから一年半。この決して短くはない時間の経過する中で、拉致事件の解決が進展したと公言できる政治家や役人がいったいどれほどいるというのだろう。泣きながら訴えるご家族の叫びを、あと何年われわれは聞けばいいのだろう。そしてあと何年政府に政治家に聞かせればいいのだろう。国民大集会で登壇して『日本政府を動かしてください』『わたしたちと一緒に戦ってください』と国民の支援を訴えるご家族の悲痛な声を聞くたびに、そしていまも囚われの地でわたしたちの助けを待っている被害者の望郷の心情を忖度するたびに、わたしは言いようのない怒りと焦燥感に胸が激しく痛むのを抑えるすべを知らない。
拉致はなかったと述べた自称ジャーナリストどもよ。日朝議連に入り北朝鮮の走狗となって拉致を否定し続けてきた政治家どもよ。『たかが10人のこと』『5人を北へ帰せ』と述べた外務官僚どもよ。『拉致はテロではない』と言い放った外務大臣よ。いまわたしたちが深く悔いていることを知れ。おのれらの安寧な生活の陰で無法にも北朝鮮の悪意の犠牲となった同胞を四半世紀の長きにわたって放置してきた政治家は外道の政治家であると。そんな政治家の率いる国家は外道の国家であると。そして、そのような国家を養ってきたわたしたちこそ外道の国民であると。
わたしは繰り返す。北朝鮮の国家テロで拉致された同胞を助けられなくてなにが政治家か。なにが官僚か。なにが国家か。一年半にわたって拉致事件を放置し続けてきた小泉首相よ。わたしたちが強く怒っていることを知るがいい。北朝鮮の妥協を待ってこれ以上政府が拉致事件を放置し続けることをわたしたちは決して許さないと。わたしたちの熱い怒りと決心を知ってなお、北朝鮮に対して行動を起こさない政治家や官僚がいるとすれば、それは同胞を鬼畜独裁者に売り渡して恥じぬ外道である。鬼畜である。売国奴である。わたしたちはもう待たない。わたしたちは行動する。
心ある読者の方々よ。どうか明日からわたしたちの怒りと決意を示すためにできることを考えたまえ。わたしたちの同胞が羽田空港のタラップを降りてくるその日までともに戦いたまえ。
殿下さま沸騰の日々
http://www2.diary.ne.jp/user/154269/

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