拉致被害者家族訪米直前講演会 主催:NRSP
   
 

先月ワシントンに我々家族会が行きましたが、それは何故か。今年一月にラムズフェルドが核問題で何らかの進展があれば支援をしてもいいと言う発言をされたということを受けて、日本にはまだ拉致問題というものが現存している、拉致問題というものをアメリカの国家の主要な方達に知って頂く、そして北朝鮮政策を考えていただくということで行きました。そしてほとんどの政府首脳、議会の議長、皆さんがこの拉致問題を事前に渡した資料を見ながら、そしてこの拉致問題というのが非常に人道的にもひどいものであるという、北朝鮮という国のひどさをよくわかったという風に言われまして、「どうしたらいい、我々になにが出来る」、そういう言葉をいただきました。しかし日本政府はそれに対してまだ明確な返事をしていないということですね。そしてその時に言われたことなんですが、アメリカに行って政府の要職にこの拉致問題を知って貰ってトップダウン方式でやるのもいいかもしれないが、アメリカの一般市民の方によく知って頂いてボトムアップでこの問題を考えてもらうのも重要だということでマスコミ、一般市民によくわかるように説明した方がいいのではないかということを受けまして、勝呂さんが去年からロサンジェルスでこの拉致問題を一般市民の方にレクチャーしているということを伺って4月にまたアメリカで3回目の集会を開きたいというでしたので、それではニューヨーク訪米と合わせてロサンジェルスにも家族会を派遣しようということになりました。何故かというと先ほど言ったアメリカの一般市民の方にこの問題を考えて頂き、ボトムアップ、そしてアメリカ政府を動かす、ひいては国連人権委員会で全世界の人にこの問題を考えて頂いて、世界から北朝鮮を包囲する、この問題に真剣に取り組んでもらうために、この問題の解決のために世界の皆さんの力を借りるという目的で訪米を決めております。

なぜ我々がこんなに世界に対して訴えて行かなければならないのか。それは日本政府、現在のやり方を支持はしていますが、ただ厳然として政府内、外務省の中にどうしても拉致問題を終わらせたいというそういう勢力があり、今世論のおかげで潜んでおりますけどこれが世論の力がなくなるとすぐ立ち上がる、そういう気配が見えてきているからであります。

日本が拉致問題を何故真剣に考えてこなかったのか。私達には理解出来ません。ただ拉致問題を早期に解決出来たであろう場面は確実に4回ありました。まず宇出津事件。久米さんが工作員の指示によって在日の方が北朝鮮に拉致していったのですが、この時にその在日の方は捕まっているんです。その供述によってすべてが明らかになった。ただそれが日本の法律にスパイ防止法とかがないので軽い処分で終わってしまった。暗号表の押収など警察庁長官賞をもらう程の大きなものだったのにも関わらず、それがまったく公表されなかった。この時に富山県警が公表していれば、警察庁がそれを公にしていれば、そして海上保安庁、自衛隊がその時に流された怪電波と照合して拉致だということを世間に公表していれば、それ以降の拉致は半分に減ったかもしれない。そして拉致問題を北朝鮮に抗議して久米さんを取り戻すことが出来たかもしれない。

2回目は有本さんの事件。札幌の石岡さんに手紙が届いた。ヨーロッパに行ったはずの有本さん、石岡さん、松木さんが北朝鮮にいる。ご両親はその手紙を外務省に持っていったが、外務省はそんな紙切れではと、何も対応しなかった。さらに社民党の土井さん、新進党の石井一さんに手紙を持っていったが、やはりそんな紙切れ一枚では北朝鮮を刺激出来ないと言われた。この北朝鮮を刺激出来ないというのは日本の政府、国家の中に根強く残っていることだったと思います。

その次に李思恵事件です。大韓航空機爆破事件の犯人を教育したのが日本から拉致された李思恵という女性だったという。これが韓国の捜査によってはっきりしました。この時日本警察は李思恵を特定するために奔走して田口八重子さんとはっきり特定していたのです。なぜそこまで特定していながら、北朝鮮に対してその女性を返せという言葉が言えなかったのか。北朝鮮を刺激してはいけない、そういうものが根底にあったのだと思います。日朝交渉で、事前交渉の段階で李思恵の名前を出すと北朝鮮側は席を立ってしまった。その席を立つという行為が外務省、日本政府は怖かった。何故かわかりません。それは日朝交渉、日朝国交正常化をやりたいという政府の方、政治家、外務省の方そういう方達がいたんだと思います。何故そこまでして正常化交渉をやりたいのか。政治家としては名誉もあるでしょ。そして利権もあります。外務省としては省益もあるんでしょ。個人としては出世もあるんでしょう。そういうところから北朝鮮を刺激したくない、北朝鮮と交渉したいというのが連綿として続いていたんだと思います。その時国民は、拉致された国民はすべて見捨てられてきた。

そして4回目。これは横田めぐみさんの拉致が偶然にも亡命工作員の口から話された。新潟から少女を拉致した。その後家族会が結成された。その時大きな報道があれば。その時、政府がもっと真剣に考えてくれていれば早い時期での解決があったんだと思います。それがなぜ出来なかったのか。そこに日本の大きな問題があるんだと思います。

9/17に小泉さんが訪朝しました。その訪朝に関して我々家族会の中には非常に期待をしている人と不安を持っている人がいました。私は不安派だったのですが、なぜ不安だったかと言えば、日本政府の根底の中に北朝鮮を刺激したくない、日朝国交正常化交渉をやりたい、そういう方達が大勢いた。そういう勢力がまだ強かった。その時期に日朝首脳会談を画策した勢力の元の9/17。それは我々が以前から感じていた拉致問題を棚上げして日朝国交正常化交渉に突き進む、そういう方策が見えたからです。

9/17、5人生存、8人死亡という、そういう悲惨な情報をもたらしましたが、北朝鮮は恐らくこれで拉致問題は終結させて正常化交渉、日本から支援のお金がもらえる、それで金正日政権の延命を図る、体制維持を図る、そう考えたから金正日はあの日、拉致を認め謝罪した。外務省の田中均さんは恐らく5人生存、8人死亡、この衝撃的な事実はあるけれども、外務省としてはこれはこれで終結させて、そして拉致問題終結、日朝国交正常化交渉、これに突き進んで行きたかったんだと思います。なぜなら彼は最終的には事務次官になりたかったからでしょう。小泉さんはこの福田さんと田中均さんが作ったレールに乗ってやはり名誉を取ったんだと思います。それでなければあの日、あの衝撃的な事実を聞きながらも、事前に用意されていた平壌宣言にサインするという行為はなかった、まともな国家の宰相でしたらあの事実を突きつけられて数日前に書かれた、拉致のらの字も入っていないその平壌宣言にサインをするという行為は考えられない。今、膠着状態にあるのもあの平壌宣言を金字塔のように日本政府が守っているからだと私は思っています。福田さん、一昨年の金正男の事件の際、日本政府のとった行為、あれが日本政府の姿勢を表していると思います。あの時、我々家族会はこの金正男を拘束して、カードとして拉致問題解決になにかつながるのではないかと強い希望を持っておりました。しかし、結局、田中真紀子さん、福田さんが「早く返せ」と返してしまった。「テポドンが飛んでくる」、この一言でふるえあがってしまった。この時、田中真紀子さんの頭の中には拉致被害者のことがまったくなかったんでしょう。我々家族会にとって、あの時、田中さんが外務大臣だったことは悲劇だったと痛感しています。そしてあの時、福田さんが官房長官だったことも悲劇だったと思っています。

今、本当に国民の皆さんの世論があるから正常化交渉、そして彼らの利益を得たいという言葉が出てきておりませんが、皆さんの世論がなくなればあの9月17日の悲劇の話しで、すべて拉致問題を終結させる。そういう話しが今でも少しずつ出てきております。今、家族会に対する非難めいた言葉も聞こえております。また、やはり5人を返したほうがよかったのではないかという識者たちの声も聞こえています。本当に5人を返すべきだったのでしょうか。田中均さんは、約束だから返してほしいと言ったそうですが、政府が5人を返さないという決定をした時に、「それは困る」と言ったそうです。25年前に北朝鮮が日本の主権を侵し、日本の国家から連れて行った、誘拐していった彼らを取り戻した、やっと取り返した。それが約束だから返す、そんなことを考えられるのか、人間としてそんなことを言えるのか。国民の命を守るべき政府の役人がそんなことを言えるのか。我々は彼の見識を疑っております。そして今、約束をやぶったということで、田中均さんは北朝鮮から信用されていないはずなんです。その田中さんを未だに北朝鮮とのパイプ役につかっている、そこにいさせる。そういう外務省のあり方、福田官房長官の考え方、これが我々には理解出来ない。彼がこのまま外務省でパイプ役、ミスターXと言われていますが、このミスターXも誰だかわからないのに、どういう約束をするかわからないの、それでも彼を重用している、その考え方が我々にはわかりません。

先日、アメリカでの成果を持って川口さんにお会いしましたが、川口さんは「テロだとは思うけど、定義は出来ない」。そういう風に言ってました。その時、我々家族会は怒りました。なぜ怒ったかというと、アメリカはこれをすでにテロだと認めて、我々に同情の念を、そして協力を惜しまないと言ってる。当事国の外務大臣、その方が「テロだとは言えない、定義はない、そして経済支援は今やろうとは思わない」。では当事国の国は、政府は彼らをどうやって取り戻すんですか、そういう強い口調で迫ったんですが、ただ話し合い、話し合い。これは昨年の2月にも同じことをおっしゃってましたが。家族が経済制裁をして求めて彼らを取り戻してくれ、そういう意味をわかってらっしゃらない。

25年という、この長い年月、我々がどんなに苦しんでどういう気持ちでいたか。そして1997年に実名を出すことによってかの国に捕らわれた我々の家族の生命も、もしかしたら危ないかもしれない、しかしもう今、ここになって立ち上がらなければ、実名を出して言わなければこの問題は解決しない。そういう思いで実名を出して政府に訴え、国民の皆様に訴えてきた。そしてようやく9月17日を迎えた。それなのにまだ政府は捕らわれた人たちを本気になって取り戻そうとしていない。それが「テロではない」という言葉、「定義は出来ない」という日本の言葉だったんです。

これを日本としてテロだと認めたら一昨年の9/11、アメリカのテロ、あれに対して日本はいち早く、テロと闘う姿勢を打ち出しました。今、日本政府がこの拉致問題をテロだと認めてしまえば闘わなくてはならないから、だから日本政府はこれをテロだと認められないんだろうと思います。我々家族会はただ単に奪われた、主権を侵されて日本の国から連れていかれた一市民である我々の家族を返せと言ってるだけなんです。それを国の責任においてやって欲しい、ということだけなんです。しかし、国も、外務省も、本気でやっていない。マスコミもそうです。だから我々は国民の皆様にこの問題をもう一度、考えていただきたいと思っております。

これから皆さんの声がなくなれば、必ず日朝国交正常化交渉に突き進む政治家、外務省のお役人が出てきます。そうなった場合、我々の家族、8人死亡とされましたが、それ以外にもいる拉致被害者、彼らの命がなくなってしまいます。北朝鮮という厳寒の地で、彼らは日本の国の救助を待っています。その時に日本の国民に見捨てられたら、彼らはどういう哀しい思いをするか。お願いです。そろそろ皆さん、声を挙げて北朝鮮に対して「返せ」という言葉を言っていただけませんでしょうか。その力強い言葉が一つになって北朝鮮に届けば、必ずや日本の国が動きます。

今までの闘いから北朝鮮に対しては甘いアメではなく、厳しいムチだという、それが北朝鮮の政策を変える、金正日の心を動かす。それが我々の得た体験でした。ですから、今手をゆるめてはいけないと思います。

もし仮に暴発することがあっても、それはテロ支援国家となった日本の国民の責任でもあると私は思います。今まで、北朝鮮、植民地支配の贖罪におわれて北朝鮮に対して厳しい目を向けなかった。ですから、日本からお金が流れて彼らは軍備を増強、増加した。強化したその軍備に今、日本はおびえています。日本という国はテロ支援国家となってしまったのです。それは我々国民の責任でもあると思います。皆さん、もうこれ以上、テロ支援国家になってはいけない。テロ国家は何年たってもテロ国家。金正日は何年たっても金正日。20年、30年先の東アジアの安定のためには、あの政権があの国にあっては、北朝鮮人民の開放もなし、東アジアの平和もありません。

このことは皆さん、考えてください。そして我々の家族を助けるために声を挙げてください。ただ返せと言って下さい。5人の家族、そして拉致された被害者、その全てを返せと言って下さい。もうそろそろその声を挙げていただく時期ではないかという風に考えています。是非とも我々の後ろから手を添えて我々を支えていただきたいと思っております。

ありがとうございました。

2003年4月11日 世田谷区砧区民会館

     
   
     

 

このページは、電脳補完録の勝手な制作です。増元照明さんとは全くの無関係であることを予めご了承下さい。